◇会員投稿 緊急報告『アパート賃貸詐欺 』

インターネットビジネスが盛んな今日この頃、詐欺の被害もうなぎ登りに増えている。国籍、人種、肌の色の違いが当たり前の国際都市パリでは詐欺のやりかたもヴァラエティに富んでいる。
今日はパリに住む日本人たちにぜひ知ってもらいたい詐欺事件を報告する。

桜が散り、ライラックの花が広場をムラサキに染め始める頃、友人のJ君はアパート探しで走り回っていた。
長年パリに住みフランス語も困らない彼は、インターネットサイトの「ル・ボンコワン」で個人の直接取引のアパートの貸し出し広告を探していた。
数十年パリの13区に住んでいた彼は大家さんがアパートを売りに出すため、急遽アパートを探して5月末までに引っ越さなくてはならなくなった。

30件あまりのアパートを訪れた後、パリ郊外のサンドニ市に気に入った物件を見つけ、早速下見に出かけた。
貸しアパートはサッカーのフランススタジアムに近く企業ビルが多い新開発地区に位置し、RERのBとD線の駅が近く北駅まで30分以内で行ける。 約束の時間にアパートを訪れ携帯電話で連絡をして、中に入るデジコードを聞き建物の中に入る。
カールと名乗る背の高い黒人がアパートで彼を迎え入れた。
3LDKで54㎡の広さのアパートは月額家賃は860ユーロ。
パリ市内で1000ユーロを毎月払う彼には大いに節約になる。

テラスの向かいは公園に面し、近くに小ぶりのスーパーしかないことをのぞけば申し分ない環境だ。
狭いアパートで長年苦労をかけた妻の喜ぶ姿が脳裏によぎった。
ぜひ自分に決まって欲しいと内心祈りつつ、J君と奥さんの身分証明書、現住所の電気の支払い領収書のコピーをカールに渡した。
その日は他にも借りたい候補者が来るので夜に連絡するということでアパートを去った。
その晩電話があり、賃貸は彼に決まった。
翌日契約書を作って持って行くので保証金と一月分の家賃と引き替えにアパートの鍵を渡すと言う。
フリーランスの彼は定期収入の明細書がないので、支払いを現金にすればお互いにメリットがある交渉ができると思った。
世慣れた彼も、さすがにこの日は証人がいる方が良いと考え私に同行を求めた。
予定の時間より早めに着いた我々はアパート近辺の環境を車で見て回った。
リュック・ベッソンが投資している最新の映画スタジオも見つけた。
デジコードは既に知っているので、建物のホール内でカールの到着を待った。
表札を見てみると、外国人の名前が多い。
しかしスラム化している様子はない。パリ郊外によくあるスラム化した公団住宅ではなさそうだ。
一安心しているところにカールが到着した。悪相ではないので、また安心。
流行のスポーツシューズを履きおしゃれな服装だ。明るい笑顔で挨拶をしてくる。
デジコードキーを持ってないが数日中に作るという。慣れた様子で何軒か他のアパートのブザーを押して中の人と会話を交わし扉を開けてもらう。これも安心した理由だ。
アパートに入り契約書にサインして現金を渡した。週末のためキャッシュディスペンサーで自動引き出し限度の現金は用意できたが、残りは翌日デジコードの鍵と引き替えに渡すという事で話がついた。
送金するなら銀行の口座番号をSMSで送るというので、住所がしっかりしているようで安心したが、これも最近流行のカールフール・インターネット銀行だった。
他人の身分証明書でも本人確認なしに口座を作れる。
別れた後、J君は念のために契約書の持ち主の名前に間違いないか管理組合に問い合わせた。
そこで持ち主の名前と違うことが発覚した。彼はアパートに戻り、内部を細かく見て回った。
配電箱の奥に売りに出しに使われた不動産屋の広告板が隠されていた。
アパートは売りに出され、買い手が決まって行政手続きの最中だったのだ。

不動産屋に電話で問い合わせ、アパートの新しいオーナーからのSMSも届き詐欺だと確定した。
被害届を出すためJ君の住むパリ13区の警察に行ってみると大統領選挙の委任状をもらう人々の長い列ができていた。
ようやく順番が来て説明すると横柄な女性の案内係は、不動産詐欺は警察では扱っていないという。被害届は被害のあったサンドニ市に行けという。仕方なしに遠くのサンドニ市の警察に行くと、同様に選挙の委任状を求める人の列だ。
不動産詐欺はボビニー市の地方裁判所に被害届を出せというので、さらに足を延ばして行ってみると、既に閉まっており翌日出直す羽目になった。
翌朝早くボビニー市の地方裁判所に行き被害届を出すのだが、どうも信頼性にかける。
若い女性事務員がA4紙のアンケート用紙を渡し、これに数行で説明を書けという。
警察に出す被害届とは雲泥の違いだ。

他にしかたがないので、それを出すと被害届の申請ナンバーの入った証明書を渡された。彼女の話だと、この案件はJ君が4人目だという。前の被害者3名は、3者が同じ日に引っ越しをしてアパートではち合わせして詐欺に気がついたという。
ここまでくるとまるで喜劇映画のストーリーだ。納得できない頭でその被害届申請証明をもらい帰途についた。
ここからは何も動かない予感がした。J君は虚脱状態で妻に何と説明したら良いかわからないと助手席で落ち込んでいる。
よく考えるとカールはJ君が詐欺に気がついた事は知らないはずだ。
携帯電話の連絡先もあり、残金の支払いが残っているのを最後の頼みの綱に彼をおびき出す作戦を実行することにした。
パリ市内では、以前会話の中でレピュブリック広場の近くで会いそうだというので、用心のため喧嘩の強そうな友人二人に来てもらい4人体制で生け捕りにすることを計画した。
また警察にも応援を頼もうということになった。翌朝の早朝にパリ2区の警察署に出向いた。

事情を説明すると女性の警察署長まで熱心に話しに加わり、対策を話し始めた。しかしパリ郊外のボビニー市の裁判所に被害届を出してしまっているから、管轄外で動けないことがわかった。
逮捕しようと思う場所はパリ市11区になり、これも管轄外となる。予定の時間が刻々と近づいてくる。
彼女が11区の責任者に電話で説明し、我々はそこで責任者と会ってオペレーションの打ち合わせを、するはずだった。
11区の警察に着き、担当者の名前を言っても案内の警官は無愛想に待っていろ、と言うだけだ。事情を説明すると事情聴取の書類をつくるのはその人ではないから待っていろ、と鋭い目線で一言。
フランスの縦割り行政がもろにたちはだかった。2区の警察署長に電話をかけて説明してもらおうと思ったが、連絡がつかない。
警察の緊急電話番号の係に回された。単なる電話のオペレーターだと思ったが、事情を説明しろという。それからさらに30分ばかり、事の初めから電話で説明する羽目になった。
素人がそのような人間を取り押さえるなんて考えるべきではない、と彼女は言う。だから警察に相談しているのだ!
この話でエネルギーを使い果たしたせいか、捕まえる気が失せた。どちらにせよ、いま犯人から電話があっても、予定の時間には間に合わないないだろう。仲間を集合させ、やけ飯をとることにした。結局犯人からは連絡がなかった。気がつかれたのかも知れない。なけなしの1200ユーロをだまし取られたJ君は浮遊状態だ。

これからも被害者は出てくるだろう。このような詐欺師を野放しにしておくわけにはいかない!ダーティーハリーのような過激な刑事ドラマに人気が集まるのがよくわかる。
地方裁判所に出した届け出も生かされないだろう。鬱積した不満のはけ口が見つからない。毎回1時間近く事始めから説明するのも苦痛になってきた。そこで一番熱心に話を聞いてくれた2区の警察署に行って被害届を作ってもらうことにした。
3時間近くかけて作られた4ページにわたる調書は微細に書き込まれており、犯人の写真も渡してある。捕り物劇はならなかったがフランス警察がこの情報を生かしてくれることを願ってやまない。

我々はこの詐欺事件をパリの日本人社会のソシアルネットワークに載せることにした。詐欺師の写真も公開するので心当たりのある方はぜひご連絡を頂きたい。さもなければこの人物にだまされないように十分ご注意下さい。
被害者のJ君は5月末までの時間切れを前に、最後の力を振り絞って再びアパート探しを続けている。 もしアパートを貸したい方がいたらご連絡を頂きたい。
2−3LDKの部屋で月900ユーロ前後を希望。パリ市内である必要はありません。

アパート賃貸詐欺に遭わないための注意点:
1)ネット案内には、アパートの内部が写った写真が掲載されていた。警察の話では詐欺師の広告はアパートの建物外部の写真がよく使われるという。
2)アパートに入るには表門、建物のホール入り口、そして内部にアパートに通じたインターフォンがあり、内側から住人がブザーを押すと扉が開く。住人の名前のブザーを確認すること。
3)自称Carl RAMASSAMYは身長約180センチ、フランス語にアクセントはないのでフランス国籍の移民の子であろう。見た目の年齢は30歳前後。仕事場はナンテールで経理士だという。だがこの身分証明書は本人のものではない。盗難されたものの可能性がある。
4)アパートは売りに出て売買契約が終わり、新しい持ち主は行政手続き中であった。詐欺師はこの空白の約一ヶ月を利用したのだ。
5)連絡は携帯電話で連絡をとりあった。どこでも買えるプリペイドの電話なら足がつかない。
6)フリーランスのJ君は定期収入の明細書がないので、アパートを借りる場合ハンデがある。通常3ヶ月分の給料明細書のコピーを要求される。
7)デジコードキーを持ってないので、最後の扉は開けられない。内部に共犯者が住んでいる可能性も否定できない。
8)契約書と同時に、カールの身分証明書のコピーももらった。写真は似ていたが少し違う、9年前の写真なので、太ったのかと思われた。また後で身長が違いすぎるのに気がついた。
9)弁護士の話では、被害届はフランス中どこの警察でも取り扱ってくれる。大統領選挙の多忙が足を引っ張ったのだろう。
10) 現金決済はできるだけ避ける。銀行口座があっても安心してはならない。流行のインターネット銀行は他人の身分証明書でも口座を作れる。
11)契約時にもらった鍵はコピーの鍵ではなく、正規のメーカーのものだった。これも信用させられた理由だ。 最後の疑問はなぜ犯人がアパートの鍵を持っていたのか。不動産関係の共犯者がいるのではないのか... メグレ警視の活躍に期待する。